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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1288号 判決

控訴人

品川司

右訴訟代理人

吉田幸一郎

被控訴人

日本放送協会

右代表者会長

川原正人

右訴訟代理人

堀家嘉郎

右訴訟復代理人

石津廣司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、被控訴人のテレビジョン放送により、原判決添付別紙記載の謝罪広告を放送せよ。被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  公職選挙法一五一条の五は、政見放送(同法一五〇条)、経歴放送(同法一五一条)以外には、選挙運動のための一切の放送を禁止し、同法一五一条の三は、選挙に関する報道は放送法の規定に従つて編集されなければならない旨を規定している。そして放送法は、(一)放送は不偏不党であること(同法一条二号)、(二)政治的に公平であること(同法四四条三項二号)、(三)被控訴人が公選による公職の候補者に政見放送、その他選挙運動に関する放送をさせた場合において、その選挙における他の候補者の請求があつたときは、同等の条件で放送させなければならないこと(同法四五条)、(四)報道は事実を曲げないですること(同法四四条三項三号)、(五)意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること(四四条三項四号)、を規定している。

二  本件選挙報道は、「当落にかかわる焦点とされている六名の候補者」につき「現地報告の形式で選挙戦ぶり」を報道したものであるが、たとえ現地報告の形式であつても、右六名のみの選挙活動の様子を報道することは、特定の候補者のための選挙運動に他ならず、公職選挙法一五一条の五に違反する行為といわなければならない。

三  本件選挙における東京選挙区は全国一の激戦区であり、三四名の候補者全員が当落にかかわる焦点にあつたのであり、開票前において当落は判明しがたい状況であつた。しかるに、本件選挙報道は、右六名のみを「当落にかかわる焦点」にある者とするものであり、これは「虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害し」たことに当たる(公職選挙法一五一条の三ただし書き)。

四  テレビによる報道は選挙民に与える影響力が大きいので、特に不偏不党、政治的公平の原則を守ることが要請されるのであり、報道をする以上は、候補者が取材を拒否したのでない限り、全候補者について取材しこれを放送する義務がある。番組編成上の制約から放送日を異にすることがあつても、できるだけ各候補者間の公平は保たれなければならない。しかるに、本件選挙報道においては前記六名の候補者以外には取材もせず、全くの独断で右六名のみを有力候補とし、それ以外の者は適正な候補者でないと思わせるような内容の報道を行つたのであり、これらの者はいわば落選候補の烙印を押されたといつても過言ではない。このことが放送法の規定する不偏不党、政治的公平の原則に違反することは明らかである。

本件選挙報道の後、控訴人は被控訴人に対し、放送法四五条に基づき右偏向報道の是正方を請求したが、被控訴人はこれにも応じようとしない。

(被控訴人の主張)

一  放送法三条は「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され又は規律されることがない。」として放送番組編集の自由を規定し、公職選挙法一五一条の三もまた、選挙運動の制限は「選挙に関する報道又は評論について放送法の規定に従い放送番組を編集する自由を妨げるものではない。」としている。

二  本件選挙報道は、政見放送、経歴放送等と異なり、特定の候補者の選挙運動のための放送ではない。そのことは、そこで取り上げた候補者が五大政党の公認候補を網羅していることからも明らかである。したがつて、本件選挙報道が選挙運動のための放送に当たることを前提として、公職選挙法一五一条の五違反をいう控訴人の主張は失当であり、また、放送法四五条の適用される場合でもない。

三  本件選挙報道は選挙に関する報道であり、したがつて、そこには放送番組編集の自由の原則が適用される。放送番組は、視聴者の関心、興味、ニーズに対応するようテーマ、内容、分量等を定めて編集される。現在の選挙が政党を中心に行われていることは公知の事実であるところ、前記六名の候補者のうち五名は政党の公認候補であり、あとの一名は国会内外の活動を通じて知名度の高い人物である。被控訴人は、視聴者が右六名の選挙戦の実態について特に強い関心を持つていた事実を踏まえ、ニュース価値の大きさという見地から合理性ある選択として本件選挙報道の番組編集を行つたものである。

したがつて、本件選挙報道は、公職選挙法一五一条の三、放送法一条二号、四四条三項二号に違反するものではない。

理由

当裁判所も原審と同じく、控訴人の本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり附加、削除するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一原判決五枚目表九行目の「他に、右事情を認めるに足りる具体的な主張もない。」を削除する。

二控訴人は、本件選挙報道が公職選挙法一五一条の五に違反する旨主張するが、本件選挙報道が特定の候補者に投票を得しめることを目的としてなされたものでないことは前記報道内容自体及び弁論の全趣旨によつて明らかであるから、これを選挙運動のための放送とみることはできず、したがつて、被控訴人が本件選挙報道を行つたことをもつて、同条に違反するものということはできない。

三控訴人は、本件選挙における東京選挙区は極めて激戦区であり、候補者全員につき当落の予測はつきがたかつたとして、本件選挙報道が公職選挙法一五一条の三ただし書きにいう「虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送」した場合に当たる旨主張する。しかしながら、激戦区であるからといつて当落の予測が全くつかないものではないし、弁論の全趣旨によれば、被控訴人において、前記六名が当落にかかわる焦点となる候補者であるとの判断のもとに本件選挙報道を行つたことには合理的根拠がなかつたとはいえず、したがつて、それが「虚偽の事項を放送し、又は事実をゆがめて放送」したことに当たるとは到底いえない。控訴人の右主張は採用しがたい。

四控訴人は、本件選挙報道が放送法一条二号、四四条三項二号に違反するとも主張する。たしかに右各法条は放送一般に関し不偏不党であること、政治的に公平であることを要求しているが、それが選挙に関する報道又は評論について、政見放送や経歴放送と同じレベルにおける形式的な平等取扱を要求しているとは解し得ないところであり、被控訴人が前記六名についてのみ選挙活動の映像取材をしたうえこれをニュース番組において放送したことは、前記六名中の五名がわが国における有力政党の公認候補であり、あと一名は政治以外の分野においても社会的知名度の高い人物であること(右事実は公知である。)、他の候補者もその氏名だけは文字画面で放映されたことに照らすと、いまだ違法というまでには至つておらず、番組編集の自由の範囲内にあるものということができる。したがつて、控訴人の右主張も採用しがたい。

他に、本件選挙報道について、表現の自由を濫用して選挙の公正を害したことその他の違法を認めるに足りる資料はない。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋 正 裁判官清水信之)

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